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「音楽で生きていく」から「音楽『と』生きていく」へ

2018/01/18 00:00

絵画や盆栽の現物が数十万、数百万で販売され、そしてそれらを実際に購入する人がいるというのは驚かれたり、どちらかというと一般的にはちょっとイレギュラーな扱いをされることが多いですよね。でも、よく考えたら芸術作品への対価という意味ではとても自然で健全なことです。

音楽もお金を払ってCD買ったりダウンロードしたりストリーミングで聴いたりするという点では一緒ですが、リスナー側はあまり「対価」を意識していないのではないでしょうか。

音楽はドラマやCMにも使えるし、大量生産、複製物が正規の商品になり得るので、ビジネスと親和性の高い芸術の類と言えるでしょう。スーパーで食品を買う時に「生産者への対価」を意識することがあまり無いように、音楽もそうなってしまったのだと思います。

ただ、現在は無料で聴ける、使える音楽が増えたり、リスナーとミュージシャンの距離が近くなったりといった変化によって音楽への「対価」がまた変わりつつありますね。

「無料」ということが普及してしまえば、そもそも音楽にお金を払うということ自体が非常識になると思われていましたが、YouTubeの宣伝効果や無料と有料のバランスを調整したストリーミングサービスが評価されています。でも、この音楽の手軽さの向上はより「対価」の感覚を失わせている気もします。

一方、リスナーとの距離が近いことはむしろ「対価」の感覚が強過ぎて「こんなに貢いでやったのに!」なんて過激なファンが出る可能性を考慮する必要があります。事務所やエージェントを挟まなくても音楽活動ができる昨今、特にチケットの直接販売を行ったり、ファンとの距離がかなり近づくイベントを行ったりしているミュージシャンにとって、この点はじわじわと大きな問題になってくると思います。

僕はだいぶ前にTwitterで「音楽で生きていく」というより、「音楽『と』生きていく」と考えた方が現代では見通しが良いという発言をしました。いろんな意図を含んだtweetですが、その一つには「時代の変化と適度な距離を置く」という意味があります。

ビジネスとしての音楽やそもそもの音楽への「対価」のあり方が波乱状態であることを意識しつつ、生活の柱を音楽に限定しない方がいいということです。「売れるためにはどうするか?」を考えるのはいいですが、「売れる音楽を作る必要はあるのか?」という根本的な問いかけをしてみてもいいのではないでしょうか。

クリエイター的な活動も含め、音楽で昔よりお金を稼ぐことは「金額の多寡を問わなければ」簡単になりました。ただ、それだけで生活していこうと思えば音楽制作以外のこと、たとえば複数クライアントとのやり取り、作品の売り込み等の活動が増えます。そういったことに向いている人もいれば、向いていない人も当然いるでしょう。今まで興味がないどころか疑って見てた「なんとかビジネス論」が、不思議なことに音楽を仕事にしようと思った途端に魅力的に見え、「自分にもできる!」なんて錯覚に陥ることもあります。

「対価」や音楽ビジネスのあり方が目まぐるしく、実際に自分も目まいを起こしてしまっているなら、そこから距離を置いて音楽制作とバランスが取れる「別の柱」を設ける方に頭を使うのもナンセンスなことじゃないし、僕はそっちを選びます笑

時にはこんな風に自分の音楽活動の人生での立ち位置を考えてみてもいいかもしれません(^^

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