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Surfer Girl

2016/07/30 00:00

2005年、初夏。
僕は小さなボストンバックとショートスケールのアコギ1本を持って車で一人旅に出ていた。

会社を辞めてから3日後に出発。
1週間くらいの旅に出て、しばらく自分の今後についてゆっくりと考えたかったのだ。

宿を取ったのは海の側にある古い民宿であった。
まだシーズンオフのせいか、急な予約でもOKだった。

そこは民宿といっても、1階に宿を経営している家族が住み、2階の3部屋だけが泊り客用の部屋になっているほんとうに小さく細々とやっている民宿であった。

ギターを旅に持ってきたのは、一人で退屈な1週間にならないかという不安と普段忙しかった毎日で書けなかった曲が、なにかここでは作れるような気がしたからだった。

宿に着いたのは午後16時頃であった。
まだ日差しが強くて眩しかった。

宿の方と挨拶を交わして自分の部屋へ案内された。

2階の部屋の広さは8畳くらい。
僕が窓を開けると、目の前に海が広がって心地よい海風が吹き抜けた。

水平線に小さな漁船が太陽の光を反射しながら走っていた。

しばらくすると宿のおかみさんが麦茶と冷えたゼリーを持ってきてくれた。

「どうもスミマセン…。」僕が言う。

「この部屋は風抜けが良いから涼しいでしょう?だからクーラーなんて必要ないのよ。」

おかみさんはやさしく微笑みながら僕に言った。

「食事は6時半ですから、それまでにお風呂へ入っても構いませんから…。」

宿の説明を一通りしておかみさんは部屋を後にした。

ポロン…。

僕は窓際にもたれながらアコギを1音鳴らした。
夕暮れというにはまだ早い午后であった。


翌朝。
早朝5時、浜辺を耕すトラクターの音で目が覚める。

どうやら浜辺に捨てられたゴミをかきだす為に毎朝行っている作業のようだ。

僕はサンダルを履いて砂浜へ散歩に出てみた。
沖の方を眺めるとサーファーたちが波に乗っていた。

そういえば、ここはサーフスポットだったっけな…。
だから朝早くからサーファーたちが波乗りしてるんだ。

そんなことを考えながら僕は足元にあったアイスキャンディーの袋と、少し潰れたコークの缶を拾った。

きっと観光客が残していったゴミなんだろうな…。

そんなことを思いながらゴミを捨てるカゴを探してキョロキョロしていると「すいませ~ん」とサーファーらしい、ウェットを着た女性が駆け寄って来た。

年の頃20代前半くらいだろうか…?

彼女は明るく微笑みながら「ゴミはこちらに捨ててください。」と手にした白い40Lサイズのビニール袋を僕に差し出した。

僕がゴミをそこへ捨てると、「ありがとうございます。…地元の方じゃないですよね…?」
確認するように彼女は僕に明るく尋ねてきた。

「ええ…。昨日、東京からここに…。」僕が答えると

「あっそ~なんですか!私も東京から住み込みで来てるんですよ~。」
と初対面の僕に対して彼女は妙に明るかった。

「サーフィンやってるんだ…?」僕が彼女に聞くと

「ええ…。それで朝のトレーニングが終わると、こうやって仲間たちで昨日のゴミを拾って帰るんです。」と彼女。

僕は彼女のトレーニングという言葉が気になって反応したら
「これでも一応プロ目指してるんですよ。」とカラッとした口調と笑顔で彼女は言った。

「じゃあ…」挨拶をして僕らは別れた。
彼女は小走りに砂浜を回り、一生懸命ゴミを拾っていた。

サーファーが海を愛しているって本当なんだなぁ…。
そんなことを思いつつ、僕はその場を後にした。


昼になった。
昼食は宿から出ないので外食になる。

僕は近くの海岸通り沿いにある南国雰囲気が漂うレストランに入ってみることにした。

そこは、レストランとサーフショップが一緒に経営しているお店だった。

店内はアンティーク調な木造りのおしゃれな内装だ。
僕は大きなパキラの鉢が置いてある窓際の席に着いた。

メニューを見ながら「おススメ!キーマカレー」と、ポップ調に手書きされた文字を見てそれを頼むことにした。

「すいません」
僕が手を挙げてウェイトレスを呼ぶ。

「あ!」

振り返ったウェイトレスが僕に言った。
今朝のサーファーの女の子だった。

「ここで住み込んで頑張ってるんだ?」
僕が聞くと

「そ~なんですよ♪」と相変わらずノリ良く受け答えしてくれた。
どうやら、この声の伸ばしたしゃべり方は彼女の癖らしい。

シーズンオフなので店内は僕しか客は居なかった。
店員もホールの彼女とキッチンの男性の2人だけでやっているようだった。

僕らはそこで、なぜこの街へ来たのか、お互いの身の上話を始めた。

彼女は高校を出てすぐプロサーファーを目指して、バイトしながらトレーニングに励んでいるらしい。

年齢は26歳だった。僕はてっきり彼女は22歳くらいかと思っていた。

初めは地元の東京でアルバイトをしていたのだが、やはり海へのアクセスを重視して、サーフスポットのある街で住み込みバイトを始めたのが今から3年前だったという。

そしてその日から、僕はランチになるとこの店で食事をするようになった。

彼女やキッチンの男性とも仲良くなり、海の話やサーフィンの話をたくさん聞かせてもらった。


この店へ通うようになって4日目のことだった。

「今夜、ここの店でパーティーやるから来てくださいよ。」
彼女が言った。

まぁ一人旅で、特に予定がある訳でもないので僕はOKした。

その夜、たくさんのサーファー仲間が集まってパーティーが始まった。

一体何のパーティーなんだろう…?と僕が思っていたら理由が分かった。

サーファーの彼女が、今日でこの店を辞めるお別れ会だったのだ。

僕があまり知り合いがいないので、彼女は気を使ってちょくちょく僕のテーブルへ来てくれた。
そのとき店を辞める理由を聞いた。

実家の母親が倒れて入院してしまい、もうそんなに長くはないそうだ。
だからサーフィンを続けることが出来なくなってしまったとのことだった。

僕は彼女へ何と言葉をかけて良いのか分からず、ただ「そうか…残念だね…」としか言葉をかけることが出来なかった。

ところが彼女はちっとも後ろ向きではなかった。

まっすぐと僕の方を見て、「大丈夫!しばらくしたらまた帰ってくるから…」
とはっきりした口調で僕に言った。

そして、「あのね、人生遅すぎたってもんは無いのよ。やろうと思えば、またいつからでも始められるんだから…。」と力強く僕に言った。

僕は彼女からその言葉を聞いた時、「ああ…自分は目の前のものから逃げていたんだなぁ…」と気が付き、自分が恥ずかしくなった。

その後、彼女がどうなったかは僕は知らない…。

ただ「やろうと思えばいつからでも始められる…、人生に遅すぎたは無い。」
という彼女の言葉は今でも心に残っている。

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