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雪の夜の幻想曲 3

2012/02/04 19:50


女は 熱気を醒ますため外へ出た。

店内では 今夜のメインゲストであるジャマイカ・バンドが
心の奥を揺さぶるような演奏を繰り広げていた。

女の歌と演奏は先ほど終わったばかり。
その高揚と充足感の中で、忘れられない1曲が流れてきたのだ。

誰にも気づかれないように外へ出ると

この地域では珍しい粉雪が 舞い踊っていた。

女は 10数年来
口にした事の無い煙草に 火をつけた。

少し むせた。


ー雪なんて珍しい・・・


まったく雪を見なかったわけではないだろうが
記憶に残らない位
走り続けてきたのかもしれない。


忘れられない1曲と
夜の雪が 遠い記憶を呼び起こしたのだろう。


ーあのとき
 雪に包まれて 眠りに落ちていくとき
 夢を見たんだっけ・・・


私は 
暗闇の中で
一本のマッチを擦っていた。
幼い頃読んだ童話の少女のように。

一本のマッチのいのちが燃え盛る間
さまざまな思い出が 生き生きと蘇り
私のこころに 灯をともした。


炎を吹き消したのは
一陣の突風。
雪が乱れ飛び 風が鳴った。


おさまった頃
おそるおそる 目を開けると
闇の中に おびただしい鳥の羽が 舞い踊っていた。

ひらひらと舞い落ちてきた大きな・・
白、黒、大地の色が まだらに入り交じった鳶色の羽。
ひどく懐かしい気がして
そのしなやかな輪郭を指でなぞってみた。
頬の上で 遊ばせてみた。

そのうち 何も怖くない気がしてきた。

ーそう。
まんざらでもない人生だった・・・

私の耳に あるカリプソ・シンガーの唄う
ク・ク・ル・クク・パローマ が 流れてきた。
父の大好きだった1曲。


そのあと
夢うつつの中で
ぼんやりとしか覚えてはいないが

私は まるで 巨大な鳥の
鳶色の羽のかいなに 
すっぽりと くるみ込まれて
何ともいいようのない 安心感に満たされていた。

ように思うが・・

確かではない。



気がついたら
暖かな白い部屋にいた。


そして
これも 夢うつつではあるが

その鳥が ひとこと
言ったような気がする。


ーもうすぐ 氷河期がやってくる・・・

 だが ヒトは きっと 生きようとするだろう・・


その言葉が ずっと
女の中に 残っていて

歩けるようになってから
女は 
昔 封印していた歌を
再び 取り戻そうと決心した。


雪の中で

煙草の火をつける為に 燃やしたマッチが
女に 遠い記憶を呼び覚ましたのだろうか。


女は 軽く身震いした。
ー薄いステージ衣装のせいね。

続いて
女は くしゃみをした。

それは 寒さのせいではなく
あのときの 鳶色の羽が
頬をくすぐって
鼻先をかすめた感覚を 憶いだしたから・・・


しばらく
一人笑いをして

女は まだ 熱い演奏が続いている店内に
戻っていった。



              

               雪の夜の幻想曲    完



























 








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