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昨夜のライブ

2020/01/20 00:00

 昨日は地元のSammy's Hawaiian Cafeで行われた高雄文さん主催のライブに出させていただきました。

 シールドが断線して数が足りなくなったので、いままで不調続きだったワイヤレスを持ち込んだのですが、不調の理由はチャンネル設定だよと古くからの友人大原くんが教えてくれたため、昨日はちゃんと使えました。大原ありがとう!

 45分予定のライブでしたから、ちょうど「続・人形大戦」組曲がピッタリの時間なのでそれを演奏しました。
 「続・人形大戦」組曲は、それまでの組曲で1コンセプト1イメージにこだわった「赤い竜」組曲や「ユニコーン」組曲、明らかに外国人リスナーをターゲットとしそれなりにヨーロッパ的を狙った「人形大戦」組曲とは違い、美妃がやったことのないスタイルの曲(アレンジ)ばかりで構成するというコンセプトで作った組曲でした。

 「続・人形大戦」組曲は喋りなしでぶっ続けでも40分程度の時間が必要な6曲が1セットの組曲。
 諸所のブッキングライブでは演奏30分が大多数なため、今後この組曲は毎月の第一日曜日の昼に行うSammy's Hawaiian Cafeでの主催ライブでしか演奏できなくなるかと思います。

 まあ、どの組曲でも、コンセプトとは別に自分たちならではの「らしさ」との共存で仕上げていくので、また、単一のパクリで曲を構成することもほぼないので、何の無駄な知識を持たずにお聴きいただけたら、そこそこポップだけど、なんだか音楽性の統一感が音楽性よりも演奏者個々の固まり方で構成されているとか、気付いていただけるのではないかと思います。

 オリジナル曲は知らない曲で親しみがないから、コピーをやった方が良いと言われた時期もありますが、ぼくらがやるのはフランスギャルやツィッギーくらいで、1960年代のナツメロを原曲の跡も形もないほど違う曲にアレンジしたものです。

 もともとフランスギャルの「夢見るシャンソン人形」は、日本の1960~1970年代のアイドル女性歌手はほぼ全員歌っていたのではないかと思われる1960年代ビートルズとともにヒットチャートに登った大ヒット曲です。
 ぼくは一度引退して最登場した1980年代のフランスギャルのライブムービーを見た時、本当にすばらしいなと思いました。
 それは何というか、イメージとしてアリの巣の穴を覗いてみたら、その中には小さなミニチュアの妖精の世界があって、サーカスはあるわ、まるでゆっくりスローモーションのような世界だったり、素早く飛びまわっていたりが1つになって大会場でライブしているような雰囲気でした。
 当時、ご本人は過去の大人に踊らされていた頃のご自身を否定されて、本当の自分を表現したいと思われていたようですが、昔のフランスギャルは幼稚園生のぼくにとって「えー、フランスってとこはこんなに妖精みたいな可愛いお姉さんがウヨウヨしてるのか・・・。なら、行ってみたい。」と思っていたので、その当時のフランスギャルも大好きだったわけです。
 まぁ、フランスギャルと言えば「元祖アイドル(ロリータ)」だったわけで、アイドルという芸能路線もフランスギャルが居なかったら生まれなかったわけでしょうし・・・。
 そこで、3つをプラスしてぼくたちが演奏することにしたのです。要は「1960年代最初のフランスギャルの曲を~」「1980年代当時のイメージで」「さらにもっとぼくのロックンロールらしさを交えて」というものです。
 そんなやり方がぼくのカヴァーであり、本来聴かせたいと思った対象はフランスギャル本人です。

 カヴァー曲・・・というよりも単純に「みんなが知っているであろう曲」を中心にライブした方が良い・・・という方がおられますが、「みんな・・・」の定義はどこにあるのでしょう?
 年代を定めて、「50歳代以降を中心とした洋楽ロック」とか?・・・ロックを演奏しようとしているのなら「今でも広告等に使われている一般的に知られた古いロックの曲」が一番年齢層を多くカヴァーできるでしょうが、そうするとどれもこれも同じ曲を同じように演奏する人たちばかりになってしまうでしょう。
 しかも、ひとつのジャンル内の音楽をプレイしようと思えば、ちょっとでも掘り下げた楽曲になると結局「みんなが知らない曲」になってしまいます。
 いえ、それ以上に「みんなが知っている」に拘ったら、「文部省唱歌」こそが皆のプレイすべき曲となってしまうでしょうが、はたしてそれが求められるものでしょうか・・・。
 さらにはやりたい事が「人真似・物真似・編曲」である人たちばかりではないので、あくまでもオリジナル曲をやりたい人もいるわけです。
 「知らない曲は聞きづらい」ならば最初に聴いた時は知らない曲だったことを忘れているだけではないかなと感じますし、知らない曲を100回聴き続けても知らない曲と思うのであれば、そりゃ、曲とか音楽ではなくて、好きな曲を演奏しているタレントの顔が好きとかそういう事であって、○○ファンだから○○のかわりに演奏しろ!とカラオケ?ハコバン命令をしているようなものとぼくは屈辱的に感じます。
 何度も自分たちのオリジナル曲を聴いて好きになっていただきたい・・・そう思うのが「オリジナル曲で自分自身の世界を聞いていただこうとするミュージジャン」だと思います。

 音楽をやっている方には少なくとも3タイプあると思うのですが、ひとつはぼくが思うに「初心者タイプ」です。

 「初心者タイプ」は本当に初心者かどうかはまた別で「自分がよく聴く曲を、楽しくプレイすること」が意義となっているようです。クリエイターではなく、演奏を自分なりに楽しみ、時に憧れのプレイヤーになった気分にひたることも喜びのひとつなようです。

 それがプレイを称賛されるという効果を得て極度に進化してプロを目指すと「楽器プレイヤータイプ」になり、出来ない事をしらみつぶしにクリアして、とにかくお仕事できる自分を厳しく磨いていきます。スタジオミュージシャンになるのが当たり前で、楽器をプレイしている人には「ハッキリと自身がプレイしているという個性が見える」演奏をし、その中でどれだけ優れた楽曲のオリジナルでプレイしたかがその人の評価になるのでしょう。いやぁ、でも自分がリーダーアルバムを出したりするとそうじゃないっていうところもありますが・・・。

 けれど、世の中にはそういった常識的な人間ではなく「新たにものを生もう」とする「クリエイター・ロックンローラータイプ?」も居まして、これは自身の作品制作はまさにトイレのようで、苦しくて苦しくて吐き出したり、楽しくて踊りまくったり、真っ白な何もないキャンバスに自分自身の感情を叩きつける画家のような気持ちで、音楽というよりも感情が生み出してしまうオリジナルこそが押しつけてでも伝えたいことなわけで、演奏そのものが感じてほしいものとは限らず、感情を、自分なりの愛を伝えたいと思ったりしているわけです。

 なぜこんな話をしているのかと言いますと、昨日、高雄さんの演奏を見ていてぼくなりの共通点かなと感じたからです。
 以前に「わみん」で一緒に出演した時に比べて美和子さんはずいぶん落ち着いて丁寧に歌えてましたね~。すごい進歩だ。
 さらには、ステージの場数を踏んだということかと思いますが、ギターも上達してましたね。ってか、間違えない!
 ぼくのように「わすれた~」とかが頻繁にある記憶力が無いに等しい人間にとっては「ライブ=ミスは普通」なので非常に羨ましいです。

 まぁ、ぼくらの演奏もソコソコだったかなと思います。
 美妃はかなり喉の調子が悪かった割には、きちんとセーブしながら上手く歌えていたなと思います。

 さて、次は2月2日(日)のお昼、同じSammy's Hawaiian Cafeです。お待ちしてま~す。

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