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2004年頃の曲、演奏うまかったなぁ(笑)

2020/02/25 12:00

先日のライブでギター・ベース・ドラムの3リズムのバンドが多かったので、まだ美妃がバンドに加入する直前の2004~2005年頃にうちにもドラマー西野が居た時の3リズムでの録音を聞きなおしてみました。
 音源は無くしてしまったので、ぼく自身もNETでしか聴けないのですが・・・(笑)
 15~16年前ですので45歳の頃。。。うーん、自分、今よりかなりギターが上手い(笑)。今では絶対こんなに弾けないです・・・。病気のビの字も無かった元気いっぱいの頃でした。しかし、くたばりぞこないの今は随分技術が劣ったなぁと感じます。

 参考までに・・・↓下のURLでそれぞれの曲をお聴きいただけます。

■曲名「Blue shadow」

https://soundcloud.com/masakazu-akutsu/blue-shadow



■曲名「Individual character」

https://soundcloud.com/masakazu-akutsu/individual-character



 下の「Individual character」では村上はベースではなくスティックという、ベースパートとバッキングを同時にプレイするという技に挑戦しています。イントロはギターではなくて村上のスティックのみのプレイです。
 さらにはこの時期に使っていてぼくは2曲とも、村上は上の「Blue shadow」で使っていた2000年のアメリカンスタンダードの赤いストラトとプレベ・・・、お互いに手離してしまったものなのですが、今考えてみると凄く使い勝手が良いモデルで手離して失敗したなと強く感じているモデルです。
 考えてみると、この辺からギターとベースの色をあわせて購入したりしはじめたような気がします。

 今回購入したメキシコ製の白い廉価版テレキャスター「Fender Player Telecaster」を気に入っているのは、この赤いストラトで良かったなと思える印象にかなり近いものを感じられたためだと思います。

 話は戻りますが、以前は風呂に入った直後にギターを弾くと指がお湯でふやけて弾きにくく感じていたものです。
 しかし、最近はまったく逆で、高齢化で毛細血管が詰まっているせいか、普段でも指の関節が痛み、特に指の曲げ伸ばしが痛く、腕や手首や肩も常に痛んでいるので思うようにギターが弾けないのですが、手をしっかり風呂で温めるとかなりその痛みが肩以外は和らぐので、風呂に入ると直後は少しギターが弾きやすくなります。

 そういう事を若い頃は考えたことが無かったのは、自分が60歳を過ぎてまでエレキギターを弾いているという感覚を持てなかったためでしょう。。。
 マンネン腱鞘炎で手首や腕がちょっとした角度で痛くなるのは、ギターのポジションを高めにすることでかなり緩和はしていますが・・・。

 以前はギター毎のスケールやフレット数、形状の違いがあっても即座に変化に対応して持ちかえて弾けたのですが、今では1週間前くらいから使うギターに慣れないと弾きづらくなってしまいました。
 あんなに下半身と上半身で横と回転運動にわけて上手くリズムをとれていた自分ですが、この頃はそのリズムのとり方では体力的に1分も続けられず、単純な回転運動だけでリズムをとっているためにやや不安定なリズムになってきました。
 小指はまだ良く動いていますが、中指・薬指は恐ろしいくらい動かなくなっているし、心拍を整えるため心臓の動きを抑える薬の影響でしょうかね・・・、たまに演奏中に立っているのがしんどく感じるくらいボーッとしてしまう時もあります。
 確実に持病や老化はギターを下手くそに向かわせています。

 歳をとって来てしまったのに加えて心筋梗塞以降の血圧・糖尿・脂質異常・ついでに泌尿器の薬漬けもあり、身体を騙し騙しいたわってでないとまともに演奏できないのが、本当にもどかしく感じる今日この頃ではあります。

 同年代の友人たちの多くは、レイドバックしたブルースや、ソウルを経由した聴きやすいジャズ系のギター弾きへと転身していって、ロックンロールギターを弾き続けたいという人は少数派になったかなと思います。
 ぼくの場合は、若い頃はブルースに夢中でしたが、それもルーツオブロックンロールとしての意味合いが強く、とにかくジャズ系は好きになれなかったのと、ガツガツしたロックのようなオールディーズソウルは好きだったので、「ジャズでなくブルース」だったように思います。
 大体にして、ギターの音は歪んでいないと面白くないというか・・・、ペケペケの音でコードをジャーンと鳴らしても、パワーコードを琵琶のようにペンペン弾いても、あの中学生時代に夢中になったロックなバンドサウンドではないわけで、ぼくはシンプルなロックバンドのアンサンブルに夢中になった少年時代の夢をまだ追いかけているだけですから、まず、ジャズとかってあの少年時代に聴いても何も感じなかったわけでして、ぼく的には「世の中が変わっても自分の根幹は変わらない」というところから「自分が悟ったように当時好きでもなかったものに向かっていく」のは嫌なわけです。

 また、それほどギターに固執しているわけではなくて、どの担当楽器というよりもロックバンドであり、個々はロックンローラーであることの方が大切だと感じていたように思います。担当楽器というよりも、アンサンブルの1という感覚もあります。

 そんなぼくでも、ロックのアンサンブルを作っていく上で、ギターについても他の楽器についても、簡単なアレンジを実践できる程度の表現力と技術は必要(今、やりたいと思ったことが出来るようにはなりたい)とは思い続けて来ました。
 技術的・センス的に他人様よりも少しだけたまたま優れていた時期もありますが、ぼくの感覚としては「自分の作った曲やアレンジを実践する」という必要の問題がすべてでした。
 誰かのコピーをするのが目的で楽器を手にしたのではなく、オリジナルなバンドがやりたくて楽器を手にしたつもりでした。コピーはとっても面倒だし、今も嫌いです。

 そんなぼくは、あと数年のギター生活の上でどのようなギター弾きで最後を飾るのか。。。
 いや、単なるフェイドアウトであって飾れないのが本当のところだとは思うのですよ。。。あのギターを辞めた1990~1993年の間に応援してくださるお客様をすべて失ってしまって再度活動をはじめてからはライブにいらしてくださる方がほとんど居なくなってしまった時同様に、世の中からフェイドアウト・・・、いや、今もうすでにフェイドアウトし切ってるという話もありますが(笑)、人生の終末期に何をやっていたのかは大切な事のように思いますから、衰退していく技術に頼ることなく、もっとシンプルな気持ち・・・たとえば今まではストーリーとか言葉とかを音楽の動力として考えていましたが、最後は「気持ちいい」とか「寒い」とか具体性のない気持ちだけの表現なのかなぁ~とか思ったりしてみたり・・・。

 いやぁ、しかし、皆さん、本当の話、60歳過ぎたお爺さんなんて悠々自適で迷いもなくて人生をやりきった感満載で生きているなんて思っていたら、ぜーんぜん違いますよ。
 脳味噌は17歳くらいから一切進歩せず、幼稚園の頃から煮魚と人参は嫌いなままだし、考えはまとまらず迷ってばかりだし、勉強は嫌いだし、楽したいし、退職金たりなくて金無くて貧乏だし・・・、あぁ、ぼくだけですかね。。。

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